発達障害関係の本が続いたので気分を変えて小説を紹介したいと思います。
その名もズバリこの世にたやすい仕事はない。こんな核心を突くタイトルなかなかないんじゃないでしょうか。勤めていた会社をクビになり、途方に暮れて書店にいた時、このタイトルが目に飛び込んできました。この世にたやすい仕事はない。まるでこのタイトルに導かれるようにレジに直行。買って正解でした。
読んだ感想はと言うと、いい意味でタイトルの印象と違いました。なんかガタイのいい部長クラスのオジサンが人生訓を垂れそうなタイトルですよね。しかし、さにあらず。内容はというとすごいポップでファンタジー要素のあるお仕事小説でした。
エンタメ精神に満ちたお仕事小説
内容を具体的に説明していきましょう。主人公は前職を燃え尽き症候群で辞めた女性。その女性が職安の相談員に職を案内され、数々の職を渡り歩くという内容です。ここだけ聞くと実録転職小説ですね。
しかし、案内される仕事が、なんというかすごいニッチというか、そんな仕事ないだろとツッコみたくなる仕事なのです。主人公は計5つの職を経験しますが、順を追って紹介しましょう。
1 作家のおばさんを一日中監視する仕事
いきなりありえない職種ですよね。仕事内容は監視カメラに映る作家を一日中監視することです。なぜ監視するかというと、その作家のおばさんは知人から密輸品の何かをそうとは知らず預かってしまったのですね。だから監視する。物品を確保するためです。作家のおばさんは監視されていることは知りません。まるで公安のスパイみたいな仕事を職安で紹介するのかよ、というツッコみをさておき、わりと淡々と作家の監視業は進みます。
この世にたやすい仕事はないポイント
なんとなく楽そうな印象を受けるお仕事です。一日中座っておばさんを見ているだけですからね。
しかし、そうはいかないのです。交通整理のバイトとか、看板持ちとか、そういうバイトをしたことある人は分かると思いますが、ほぼ何もしない仕事って苦痛なんですよね。単調なことに耐性が無い人には地獄のような仕事ではないでしょうか。しかも監視対象は作家なのでパソコンの前で座っているだけでほぼ動かない。主人公は作家のおばさんの日常の微妙な変化にツッコミを入れながら、(欲しかったマテ茶を通販で買う山本山江に嫉妬したり、断捨離の取材を受けてから急に断捨離をし始める山本山江になんて影響を受けやすい人なんだと思ったり)なんとかその苦痛を和らげる努力をします。結局、ブツは主人公が見つけ、仕事は終わります。
2バスのアナウンスの原稿作成の仕事
よくバスのアナウンスで町の診療所とか薬局の宣伝が流れますよね。あれのアナウンスの内容を考える仕事です。
えっ?それってライターがいるのって思いますが、この小説ではいます。
例えば老舗の和菓子屋のアナウンス
「あれ?こんなところにおおきなおまんじゅうが。中には赤・黄・緑の小さなおまんじゅう!なんて縁起がいいのかしら!慶事には、伝統和菓子梅風庵の蓬莱山をどうぞ!」
さすが作家というか、興味をそそるアナウンスですね。けっっこう尺を取りそうですが。新規のアナウンスはけっこう来るらしく、このバスはひっきりなしにアナウンスが聞こえるらしいです。
この世にたやすい仕事はないポイント
ちょっとこの回だけファンタジーが入ります。頼れる先輩の江里口さんの疑惑の調査を、上司の風谷課長に頼まれてしまいます。金の着服とか産業スパイとかそんなリアルな調査ではありません。主人公は信頼できる先輩を裏で調べることに悩みます。その江里口先輩の疑惑が不可思議なのです。
江里口さんがアナウンスの作成を止めた店が突然消えるんです
急に世にも奇妙な物語。ためしに主人公がフラメンコ教室のアナウンスの内容をわざと消してみると、昨日まであったフラメンコ教室が消えている。慌てて入れ直すとフラメンコ教室は復活しているのです。
その真相はいかに?詳しくは言いませんがファンタジーです。
3 おかきの袋の話題を考える仕事
よくお菓子の袋の裏に一口メモ的なコラムが書かれているのを見ませんか?主人公の3度目の転職先の仕事はそんなニッチな業務です。この一口メモ、勤め先の社長はかなり力を入れているようで、一口メモも他社と一線を画す内容になっています。
例えば「世界の謎」というコラムではヴォイニッチ手稿という判読不可能の文字列について紹介していたり、国際ニュース豆知識などのかなりコアなネタがかかれています。
前任者は婚活鬱で休職中、バスの原稿作りをしていた主人公はうってつけの人材ということで転職に成功したのでした。
この世にたやすい仕事はないポイント
今まで紹介した仕事の中で一番楽しそうな仕事です。実際読書会でこの本を紹介した中で、この仕事をやってみたいという声が多かったです。
しかし、やはりたやすい仕事はない。この袋裏コラムのテーマは投票で決まるのですが、その投票には「パンチがない」とか「もうちょっとおもしろいのないですか?」という意見も書き込まれていて主人公は凹みます。
もともと真面目で根を詰める性質の主人公は一日中袋裏のネタを考え、目に映るものすべてが袋裏のネタに見えてきます。ここらへんの描写はリアルで、作家である作者の実体験が込められているような気がしたのは邪推でしょうか?
さらに主人公は新商品「ふじこさん おしょうゆ」の袋裏を担当することになるのですが、今までと違いマイルドテイストを要望されネタが思いつかず日に日にやつれていきます。主人公は知恵袋的な「ふじこさんおだやかアドバイス」を思いつきこれがヒット。ほっとしたのはいいのですが、おだやかアドバイスで山の遭難を取り上げ、それで助かった藤子さんというおばさんがなぜか袋裏の仕事にしゃしゃり出てくるようになり、主人公はストレスが溜まっていきます。
結局、契約の更新をしないと判断した主人公。主人公は袋裏の仕事をやめます。
4 店舗や民家をなどを訪ねて、ポスターを貼る仕事
これは一番ありそうな仕事ですね。僕もこういう仕事、派遣のバイトでしたことがあります。
主人公は交通安全、緑化、節水のポスターを民家や店舗に貼っていくことになります。
この世にたやすい仕事はないポイント
淡々とポスターを貼っていく主人公。しだいになんか担当した地域の様子がおかしいことに気がつきます。
民家には自分が貼る前にポスターが貼られている。その内容がちょっと不気味なのです。
「もう さびしくは ないんだよ」
ポスターの下部には電話番号とSNSの連絡先が。
フェイスブックのページを開いてみると交流会の様子が映っている。なんかおかしい。そう思った主人公がそれとなく町民に訊いてみると、カルト宗教の勧誘だと分かります。すでに「さびしくない」にのめり込む町民もいるようです。主人公がポスターを貼っていく場所にはなぜか「さびしくない」のポスターが。
正義感の強い主人公は「さびしくない」のポスターを景品と引き換えに貼り替えることを町民に提案します。提案は成功しますが、勤め先のデザイン事務所に「孤独に死ね」の落書きがされます。
主人公と雇い主は「さびしくない」の交流会に潜入することにします。そこで落書きの証拠を見つけた主人公はスマホで撮り、「さびしくない」の組織を刑事告発することに成功します。
今回は仕事というより付随した事象への対応ですが、主人公はカルトと戦うことになったのです。
5 大きな森の小屋での簡単な軽作業
最後は大きな森の小屋での簡単な軽作業です。こんな求人がハローワークに上がってたら二度見しますね。
しかし、文字通りの業務内容なのです。大林森林公園が職場なのですが、ここがとにかく広い。カートに乗らなければ移動できません。
公園には小さな小屋があるのですが、主人公はそこでチケットにミシン目を入れる仕事と、地図に異変を書き込む業務を担当することになります。
この世にたやすい仕事はないポイント
ポイントはこの森林公園の広さと複雑さです。目印を置いていかないと迷いそうになります。
主人公はその森を散策していると、奇妙な出来事に遭遇します。
小屋のやかんに水を入れて火にかけようとするとコンロがすでにあたたかい。デスクに置いた手鏡がいつも裏を向けておくのに表を向いている。イチジクの木にフラッグやイサギレ(サッカー選手)のマフラーがついている。
主人公は微妙な変化に不気味さを感じます。あげくの果てに前の管理人に「この森には大林原人の幽霊がいる」と忠告される始末・・・
結局、その幽霊の正体は後日判明します。散々ネタバレしといてなんなのですがここは隠しておきましょう。
最終的に主人公が見つけた仕事とは
様々な職種を渡り歩いた主人公ですが、結局主人公は前職の仕事に戻る決断をします。前職とはどんな仕事だったのか、なぜその仕事に戻る気持ちになったのかは本書を読んで確認してみて下さい。
時にクスリと笑いながら、ときに楽しく読みながら、気がつけばこの世にたやすい仕事はないという真理にたどりつく、そんな名作だと思います。興味を持ちましたら読んでみて下さい。