読めば山に登りたくなる!イヤミスの女王が描く山小説

熊の大量出没ニュースが世間を騒がせてから、あまり山に登れていません。登りたくて悶々としてきたので、ひさしぶりに山女日記を読み返してみました。
作者は湊かなえです。最初、書店で発見したときは湊かなえと山がつながらず、何かの間違いだと思いました。湊かなえと言えば人間のダークサイドを抉るイヤミスというジャンルを定着させたイヤミスの女王です。牛乳パックに血を混入させたり、人間を標本にしたり、人が死ぬ瞬間を見るために老人ホームに行ったり、そういう人物を描いてきた人です。だから、その湊かなえさんがご来光を見て感動したり、山頂の景色を眺めながらコーヒーを飲んだりする絵が思い浮かびませんでした。どちらかと言うとネットの中傷記事見てネタ探ししてそうです。
ところが実は湊かなえさん、大の山好きなんだそうです。湊さんはサイクリング同好会の仲間たちと山に登っていて社会人になっても登っていたのだとか。そもそもこの山女日記自体が登山から遠ざかっていた湊かなえさんが山を登る口実を作るために書いたのだそう。山頂でコーヒーを飲むのも好きだそうです。失礼しました。
しかし、油断はできません。山が舞台と言ってもそこはイヤミスの女王。なにかしら嫌な気分にさせるトリックが山女日記にも潜んでいるのかもしれません。コーヒーに潜んだ毒物、テントの中での罵り合い、ニヤリと笑って切られるワイヤー・・・。そんな描写に警戒して山女日記を読んだのですが、びっくりしました。まったく嫌な気分になる要素がありません。それどころか、遭難とか絶壁とか、孤高のクライマーとか、山岳小説によくある要素もないのです。描かれるのは我々がよく知る登山。鬱屈とした悩みを抱える主人公たちが、山を登っていくうちに新しい一歩を踏み出す。え?あなたは湊かなえさんですか?と僕は本に聞いてしまいました。
題材にした山は「登山経験の無い人がここなら行けそうかなと思える山にした。」と本人がおっしゃっていますが、どれも標高2000m超えの山ばかり。湊さんの登山レベルの高さが窺えます。「ここなら大丈夫だよ!」が全然大丈夫じゃない、登山経験者あるあるですね。
山女日記と残照の頂を通読しましたが、やっぱり登山はいいな、小説はいいな、と再確認できました。短編集なので一つ一つはすぐに読めます。なので入門としてもオススメです。
ぐるぐる止まらない悩み思考が山を登ることでリセットされる。登山経験者なら一回はある現象も書かれています。個人的に良かったのは後立山連峰の回でした。ご主人を亡くした妻が、主人が行きたいと言っていた五竜岳を登るという話ですが、奥さんは五竜岳を登ることで夫への後悔の念を浄化していく過程が丁寧に描かれていて、目頭が熱くなりました。
ひさしぶりに山女日記を読んで、山に登りたくなりました。登山経験者も登山経験の無い人も楽しめる小説だと思います。初回で2000m超えの山はオススメできませんが笑。





