僕には誰にも相手にはされない自慢が一つある。それはどんな映画であっても途中退席したことがないことだ。たとえどんなにひどい映画であっても、劇中の登場人物にツッコミを入れながら終わりまで観る。たとえどんなに怖い映画であっても、歯を食いしばりながら最後まで映画と対峙する。たとえどんなに眠気を誘う映画であっても、睡魔と戦いながらエンドロールまで見届ける。一本の映画には莫大な金と人員と情熱が注ぎ込まれている。だから僕は映画館の照明が点くまで途中退席をしたことがなかった。
サブスタンスを観るまでは。

始めに言っておきたいが、サブスタンスはひどい映画ではない。スタイリッシュな映像、ルッキズムを切り取ったテーマ性、女優たちの迫真の演技、カンヌ映画祭の脚本賞も取った上質なホラー映画である。
だから途中退席、というよりも逃亡と言った方が正しい。僕はサブスタンスから逃げたのだ。
サブスタンスが怖くて、映画の終わりまで観られなかった、と言っていいがそれだけでは僕の感情を説明できない。単純に恐怖を感じて最後までみられなかったわけではない。僕はオタクに近いくらいのホラー狂である。サブスタンスよりグロテスクで怖い映画はいくらでもある。悪魔のいけにえも、ハンニバルも、リングも呪怨も怖かったけど最後まで観れた。人体が醜くなっていくボディーホラーの要素ももちろんあるが、僕が感じた恐怖はそういう物理的恐怖ではなかった。
最後まで正視できなかった、というのが僕の中で一番しっくりくる言葉だ。サブスタンスはルッキズムという社会の残酷なルールを抉りだした映画だ。内容をざっくりと説明しよう。
主人公は50歳の誕生日を迎えた女優、エリザベス。ハリウッド・オブ・フェームに名前が刻まれるほどの女優だったが、それも過去の話。今はエアロビクス番組の司会を細々とやっていたが、それも年齢を理由に降板させられる。エリザベスは精神的ショックで交通事故を起こす。あまりにも自分が哀れで病院で泣き出すエリザベス。そこに若い医者がサブスタンスという美容医療を紹介する。サブスタンスは、薬物療法であり、薬を注射すると体の細胞が脱皮し若い体と入れ替わる。サブスタンスにはルールがあり、古い体と若い体は一週間ごとに入れ替わらなけばならない。始めはサブスタンスを拒否したエリザベスだったが、仕事が減り、周囲から見向きされなくなっていく現実に、エリザベスはサブスタンスを始めることに・・・

と説明するとサブスタンスは世にも奇妙な物語のようだ。話の流れから、エリザベスはルールを破り崩壊していくんだろうな、という展開もある程度予測できる。出だしのときは最後まで観れそうだったし、クライマックスで逃げ出すことは想像できなかった。
ここからはネタバレです
ただ、その崩壊の過程が想像を遥かに上回る壊れっぷりだったのだ。
若い体であるスーは、自らの美しさを武器にエアロビスク番組の司会に抜擢され人気を博していく。押しも押される人気に有頂天になり、夜はイケメンと遊び放題。その反動で元の体であるエリザベスに戻ったときはひどく惨めな気分になる。エリザベスの若さの養分を注射で吸う方法を発見したスーは7日間ルールを破り、スーである時間を引き延ばす。養分を吸われた方のエリザベスはどんどん醜い姿になっていく。それでも若いスーである快感を忘れられないスーはどんどんエリザベスの体から養分を吸い取っていく。エリザベスは自分から若さを奪い取っていくスーを憎むようになり、エリザベスとスーの乖離は広がっていく。
そして決定的な出来事が。スーは日本で言うところの紅白歌合戦のような国民的人気番組の司会に抜擢され幸せの絶頂に。一方、エリザベスに戻った時の姿は見るに堪えないものになっていた。エリザベスは「もうここで終わりにしよう」と思い立ち、スーの体を殺そうとするが、憧れの番組の司会という栄光を捨てることができず、殺すのを躊躇する。その間に目覚めたスーがエリザベスに激怒し、逆にエリザベスを殺してしまう。
養分を失ったスーの体は少しずつ崩壊していく。しかし、憧れの番組の日は刻一刻と近づいていく。焦ったスーは禁じられていた2回目の注射を自分に打つ。そうするとスーは見るもおぞましいクリーチャー、エリザベスーに変貌する。その姿は正直、とても言語化できない。興味のある方はアマゾンプライムで確認して欲しい。恐ろしい化け物になったエリザベスーはなぜかその姿で国民的人気番組のあるTV局に向かってしまう。
そこで僕は耐えられなくなって映画館を途中退席してしまった。化け物の姿になったエリザベスーが人気番組に出ようとする行動が理解できないし、この後の大惨事を想像して正視できなかったのだ。
忌まわしきトラウマを僕に植え付けたサブスタンスと再会したのは1年後、アマゾンプライムだった。トラウマを克服する方法はトラウマと向き合うことだ、という言葉を思い出し、僕は勇気を出してクライマックスのシーンを見ることにした。
クライマックスのシーンは想像の斜め上を行くものだった。クリーチャーとしてエリザベスのお面をつけてテレビ局の裏口に入るエリザベスー。ここでADはなぜかエリザベスーをそのまま通してしまう。違和感感じなかったのか?
エリザベスのお面をつけたまま国民的人気番組の壇上に立つエリザベススー。そこでかかる2001年宇宙の旅のBGM。エリザベスのお面を外し、怪物の顔を披露するエリザベスー。ぽかんとした顔でエリザベスーを見る観客。そこであのダダーン、という有名な音。僕は思わず笑ってしまった。
ようやく事態を理解した観客たちは悲鳴をあげる。そこからは阿鼻叫喚。逃げ惑う女性、「怪物だ!」と叫びエリザベスーを鉄パイプで殴る男性。血を流したエリザベスーは観客に血の雨を浴びせる。
エリザベスーはテレビ局を抜け出しす。血まみれになったエリザベスーは崩壊し、エリザベスの顔だけの生命体になった。最後エリザベスに戻ったエリザベスーはハリウッド・オブ・フェームに戻りそこで死に絶える。
僕は笑っていいのか、怖がった方がいいのか、泣いた方がいいのかよく分からない摩訶不思議な感情になった。なんか思ってたのと違う。思ったより怖くなくて良かったけど。僕はサブスタンスから様々な教訓を受け取った。映画は最後まで観よう。
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